『ぷよぷよ』を生み出したコンパイルは、1990年代半ばに大きな人気を集めたゲーム会社でした。対戦パズルのヒットに加え、キャラクター商品やイベントにも事業を広げ、ゲームファンの間では知らない人がいないほどの存在感を持っていました。
それほど成功していた会社が、なぜ倒産したのでしょうか。結論からいえば、ぷよぷよの人気が落ちたことだけが原因ではありません。ヒットを背景に会社を急拡大し、遊園地構想や広告宣伝、新規事業、人員増強に先行投資した結果、売上が伸びる前に運転資金が尽きたことが大きな理由です。
ぷよぷよのヒットで会社が急成長した

コンパイルは1982年に設立され、1991年に開発した『ぷよぷよ』が人気作へ成長しました。シリーズ作品だけでなく、キャラクターを使った商品やイベントにも力を入れ、ゲームソフト会社から総合的なエンターテインメント企業へ変わろうとしていました。
当時の報道によると、1997年3月期の売上高は69億円に達しています。1996年には幕張メッセで「全日本ぷよマスターズ」を開催し、1万8000人を集めるほど人気は過熱していました。
売上が伸びている時期に、人や設備へ投資すること自体は珍しくありません。ただ、コンパイルの場合は、安定した収益が積み上がるより先に、会社の規模と事業の範囲が大きく膨らんでいきました。
『ぷよぷよ』がどのようにシリーズ化され、キャラクターや関連商品へ広がっていったのかを確認したい人には、『ぷよぷよ 25周年アニバーサリーブック』が向いています。ゲームの歴史やキャラクター、関連グッズなどをまとめた本で、コンパイルの成長を支えた人気の広がりを振り返る補助資料になります。
ぷよぷよランド構想で人員を増やした
象徴的だったのが、「ぷよぷよランド」と呼ばれるテーマパーク構想です。遊園地やホテル、プール、飲食店などを備えた大型施設を計画し、幕張エリアでの展開を目指していました。
構想を実現するには、ゲームを作るスタッフだけでなく、イベント、物販、施設運営、宣伝などを担う人材が必要になります。仁井谷正充氏は後年のインタビューで、ぷよぷよランドのために大量採用を行ったことが資金ショートにつながったと説明しています。
報道では、従業員数は100人に満たない規模から約400人へ増えたとされています。1998年3月の和議申請時点で、従業員は約420人でした。売上が急増している間は吸収できても、販売が少し鈍った瞬間に、給与やオフィス、人材維持にかかる固定費が重くのしかかります。
広告費と新規事業への投資も重なった

コンパイルはイベントを積極的に開催し、ゲーム以外の事業にも挑戦しました。キャラクター商品「ぷよまん」などは知名度向上に貢献しましたが、イベントや広告には先に費用が発生します。
さらに、社内用のグループウェアを製品化したビジネスソフト「POWER ACTY」も発売しました。しかし、ゲームとは販売経路も売れ方も異なります。当時の報道では、ビジネスソフトはゲームのように発売直後から爆発的に売れる商品ではないという認識が十分でなかった、という会社側の説明が伝えられています。
1998年3月の報道では、広告宣伝費や人件費などの先行投資が膨らんだ一方、売上予測は大幅に下方修正され、利益はマイナス30億円の見込みとされました。売上が計画に届かなかったことに加え、金融機関の貸し渋りも重なり、資金繰りは急速に悪化していきます。
ぷよぷよ以外の柱を育てきれなかった
コンパイルには『魔導物語』などのシリーズもありましたが、ぷよぷよに匹敵する収益の柱を短期間で作るのは簡単ではありませんでした。1997年末に発売予定だった新作の企画がまとまらず、完成しなかったことも業績に響いたと報じられています。
ここで重要なのは、ぷよぷよが売れなくなったから即座に倒産したわけではないという点です。主力商品の売上はおおむね計画どおりだったという当時の説明もあります。それでも、会社全体の固定費と先行投資が大きくなり、主力商品の利益だけでは支えられない状態になっていました。
1998年に和議を申請、その後は版権売却へ

コンパイルは1998年3月18日、広島地方裁判所へ和議を申請しました。負債総額は約75億円、従業員は約420人と報じられています。現在の民事再生に近い再建型の手続きでしたが、事実上の倒産と受け止められました。
その後、会社は経費削減や人員削減を進め、ゲーム制作を中心に立て直そうとしました。しかし再建は難しく、ぷよぷよの知的財産権はセガへ売却されます。2003年には自己破産を申し立て、同年11月に破産宣告を受けました。1998年の和議申請と、2003年の完全な破産は分けて考える必要があります。
2003年の報道では、セガへ売却したぷよぷよの版権使用期限が切れ、返済が困難になったことも倒産までの経緯として伝えられています。人気シリーズを持っていても、その権利を手放せば、継続的な収益源を失うことになります。
コンパイルの倒産から見えること
コンパイルの倒産理由を一言で表すなら、ヒット後の急激な拡大に対して、売上と資金回収の速度が追いつかなかったことです。
ぷよぷよランドという夢、新規採用、イベント、広告、ビジネスソフトなど、個別に見れば可能性のある投資が重なりました。しかし、投資の効果が出る前に支払いが発生し、次の大ヒットも確実ではありません。会社が大きくなった後では、規模を縮小するにも時間と費用が必要です。
仁井谷氏自身も後年、ゲームが売れていた範囲で社員数を絞り、「ぷよぷよ」にもう一つの柱を加える経営であればよかったという趣旨を語っています。コンパイルは、作品を作る力がなかったから消えたのではありません。一つの大ヒットを会社全体の拡大へどのようにつなげるか、その経営判断と資金繰りでつまずいた会社でした。
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