友人のこと

友人

俺には、忘れられない友人がいる。
もうこの世にはいないんだけど、そいつのことを思い出すと今でも胸が詰まる。

出会ったのは高校の入学式の日だった。俺は人見知りで、教室の隅に座って教科書を眺めていた。そんな俺に、隣に座ってきた奴が笑いながら声をかけてきたんだ。
「なあ、名前なんて読むんだ? 俺、名前の漢字読むの苦手なんだよな」
それが、アイツだった。

第一印象は、やたら明るいやつ。背も高いし、スポーツ万能っぽい雰囲気。俺とは正反対のタイプ。だけど、なぜか話しやすくて、すぐに打ち解けた。
それからは学校に行けば、だいたい一緒にいた。俺の机の上に勝手にプリント置いたり、菓子パンくれたり、授業中にくだらないメモ回してきたり。今思えば、あいつがいなきゃ俺の高校生活は灰色だったと思う。

部活も一緒に入った。野球部。俺は補欠みたいなもんで、大して活躍できなかったけど、アイツはエースで4番。みんなの期待を背負ってて、プレッシャーもすごかったはずなのに、練習が終われば笑いながら俺をラーメンに誘ってくれた。
「お前がいねぇとつまんねーからさ」って、よく言ってた。俺なんかいても大して面白くないだろうに、本気で言ってるみたいで、その言葉が妙に嬉しかったのを覚えてる。

高3の夏、最後の大会。
アイツの投げる球は本当にすごかった。スタンドで応援してる俺にも、ボールがうなってるのがわかるくらい。だけど、準決勝で延長戦の末に負けた。
ベンチに戻ったアイツの背中が小さく見えたのを、今でも覚えてる。
俺は何も言えなかった。ただ、横で一緒に泣いた。

引退してから、アイツは受験に切り替えた。頭も良かったから、志望校は難関大学だった。俺は専門学校に進むつもりで、勉強はそこそこ。だから余計に差が開いて、少し距離ができるかと思ったけど、アイツはそんなの気にせずに電話してきたり、深夜にチャリで俺んちまで来たりしてた。
「お前んちの冷蔵庫のプリン食わせろ」って。あの厚かましさには何度も笑った。

けど、秋頃から少しずつ変だった。
練習の疲れが抜けないとか言ってたのに、引退しても倦怠感が続いてるって。病院に行けよって俺が言っても、「大丈夫大丈夫」って笑ってごまかしてた。
でも、ある日突然、そいつから電話がかかってきた。声が少し震えてて、俺はすぐに察した。
「なあ、入院することになった」って。

病名は、白血病だった。
俺は頭が真っ白になった。高校生が、白血病? ドラマみたいな話じゃなくて? 信じられなかった。
見舞いに行ったら、アイツはいつもの調子で「おお!来たか!」って笑ってた。けど、点滴をつけた腕は細くなってて、俺は直視できなかった。

それから、受験なんて完全に頭から消えた。放課後は病院に行って、一緒に宿題やったり、くだらない話したりした。アイツは「俺の分までお前が合格しろよ」なんて言ってたけど、本当は怖かったはずだ。
夜、帰り道で俺はよく泣いた。アイツの前では絶対に泣けなかった。

治療はきつそうだった。髪も抜けて、食欲もなくて、でも会うたびに無理して笑ってた。
「俺がこんなになっても、お前は普通に接してくれるから助かるわ」って言われた時は、本当に泣きそうだった。俺はただ友達でいたかっただけなんだ。

冬のある日、病室でアイツが言った。
「もし俺がいなくなってもさ、お前は楽しく生きろよ。俺、お前の笑顔見るのが一番好きだから」
それを聞いた瞬間、胸が締め付けられた。そんなこと言うなよ、って言いたかったけど、言えなかった。

春が来る前、アイツは静かに息を引き取った。
最後まで笑ってた。家族に囲まれて、俺もそこにいた。手を握ったまま、「ありがとな」って小さな声で言われたのが、最後だった。

卒業式の日、みんな制服にリボンつけて写真撮ってたけど、俺はずっと空を見てた。あいつと一緒に見たグラウンド、汗だくで笑った夏の日を思い出して。
俺は心の中で、「ありがとう」って言った。

今でも俺は、あいつのことを忘れたことがない。
楽しい時、悔しい時、辛い時、ふとあいつの声が聞こえる気がする。
「お前なら大丈夫だろ」って。

だから俺は生きてる。あいつの分まで、ちゃんと。
大したことはできないけど、毎日を真剣に生きようと思う。
友人の笑顔が、俺の中でずっと光ってるから。

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